うわごと

全ては自分次第!不満は利己的な心から生まれる。 since2003.12.18.

今年もお世話になりました。

 
2009年大晦日の私は、しつこいようですが風邪に悩まされ、ほぼ
一日寝ていました。
もう一週間くらい続いているよ(涙)
 
どうやら2010年に持ち越しとなりそうです。
明日の天気は降雪で寒いようですが、北海道神宮にお参りに行く
予定なので、早く治るように祈願してこよう。
 
2009年も残り数時間となりました。
今年も たくさんのみなさまにご指導を受け、助けられ、おかげで
無事に年を越すことが出来そうです。
大変お世話になり、ありがとうございました。
 
来年もなにかとご迷惑をお掛けするかと思いますが、みなさまの
叱咤激励を どうぞお願い致します。
 
それでは、良いお年を〜♪
 
 
 
■大みそか(おおみそか

晦日と書く。
年越(としこし)、大つごもり、大年(おおとし)などともいい、
1年の最後の日。今日では、商家でも一般家庭でも、新年を迎える
準備に忙しいが、本来、1日が夕方から始まるという思想から考え
ると、この日の夕方からは、新年を意味するものであった。
 
みそかの夜は正式な食事をするものだといい、これをオセチと
よんでいる地方もある。セチは正式な食事のことであるから、この
夜の食事が一年中でもっとも重要な食事とみなされていたのである。
 
年越そばは他所(よそ)で食べるな」とか「年越をともにしない
者はあてにならない」といわれるのも、新年を迎える、すなわち新
しい生命力を身につけるとき、一族一家がともにいなければならぬ
と信じていたからである。
 
東北地方では、この夜ミタマノメシといって握り飯12個(閏年(うる
うどし)は13個)に箸(はし)を立てて箕(み)に入れ、仏壇や
神棚の下に供えた。これは先祖祭りを意味するもので、大みそか
新しい年を迎える日であるとともに祖霊祭であったことを示している。
 
「大年の客」といって、昔話のなかに、この夜訪れてくる人々のいる
話があるが、これも新しい年をもたらしてくれる来訪神の存在を伝える
もので、この夜が他のみそかと異なり1年の境という意識だったことを
表している。全国の寺院ではこの夜、除夜の鐘といって108回鐘をつき、
百八つの煩悩(ぼんのう)を覚醒(かくせい)するためといわれているが、
一般家庭ではこの鐘を新年を迎える合図にしている。